「魏志倭人伝」に記述されている邪馬台国の位置をめぐる論争は、畿内説と九州説の二つの学説があり、いまだ決着がついていないといわれている。
ただし、その論争は、倭=日本という固定観念を前提として、弥生時代の日本について記述された「倭人伝」にある邪馬台国が、畿内か九州か、どちらにあったのか、という枠組みの中で行われている。
しかし、その枠組みを正しいといえるのだろうか。
国や国境そして、言葉とそれが意味するものは、時代により変化する。
日本において、「魏志倭人伝」と呼ばれる記述は、中国の歴史書『三国志』中の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条の略称であり、「魏書」という歴史書のうち、東の未開の国を記した章の一部に過ぎない。
そのため、そこに記述されている「倭国」や「倭人」が、現在の単一民族される日本のことについて記述しているわけではない。
魏書が書かれた時代に、そのような国家感はなかった。
それゆえ、倭=日本という先入観を外して、もう一度、別の枠組みの中で再考する必要があるのではないか。
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