
関門海峡。
本州と九州を隔てる海峡である。
両岸の距離は大きな川幅位でしかなく、九州側の岸から、本州をはっきり眺めることができる。
船が海外との唯一の交通手段だった時代、この海峡の先に続く瀬戸内海は、大陸と奈良、京都を繋ぐ重要な水路であった。瀬戸内海は、太平洋や日本海などの外洋と異なり、島で囲まれているために、穏やかで、安全な船の航行に適している。
しかし、瀬戸内海をそのような交通路として機能させるためには、この狭い海峡を抜けなければならない。
この狭まった海峡では、人為的にその通行は妨げることができる。そのため、瀬戸内海を大陸へ続く道として利用するためには海峡の両岸の地域にいる人々の了解を得なければならず、この地域の人々と敵対関係であれば、この海峡を簡単に通り抜けることはできなくなる。
例えば、平家は、京都から瀬戸内海を渡って逃亡したが、この海峡を抜けられず、この海峡に面する壇ノ浦で滅亡した。