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水野和夫著『次なる100年』

・経済成長が、なぜ止まってしまったのか?
・今後も、経済成長は続くのか?
・株価が上がり、好景気と言われるのに、ほとんどの人たちの収入はなぜ増えないのか?

普段感じている疑問に、過去の経済学の成果の他、現在入手できる各種の統計データ分析などにより理論的な根拠を示して説明してくれます。
これまでの経済成長ありきの近代の常識では、現在のゼロ金利の状況を「例外」として、いつかまた経済成長(利子の増加)が始まると捉えられています。

ところが、この本では、ゼロ金利が1600年のイタリア以来の状況であることを指摘したうえで、投資先がなくなったことにその原因を求めます。
ゼロ金利は「例外」ではなく、近代の経済成長により隅々まで投資がいきわたった結果、投資先がなくなった結果生まれた「歴史的必然」であり、今後は、近代とは全く異なる段階として、成長が止まり変化のなくなる時代になるだろうと予測します。

ただ、このような論の枠組みは、これまでの著作でも提示されており、過去の著作に親しんできた人にとって、目新しくはないかもしれません。
そこで、特に過去の著作と比較して、この本の新しさを記載しておけば、大幅にページ数を増やして論じられている緻密なデータ分析に基づく説明にあると考えます。

例えば、GDPが増加していないにも関わらず、企業のROE(自己資本利益率)が増加している原因を、人件費の圧縮にあることをデータ分析から解読してくれます。

著者は、証券会社でチーフエコノミストを務めていたという経歴をお持ちです。
著書の中で披露されているデータ分析は、著者の経歴にも大きく関係があるでしょう。
これまでの経済学者による経済学は、過去の理論の再解釈や批判による経済の説明でしたが、この本は、過去の書籍よりも生の公表データを独自に分析し直して、結論を導き出します。

また、そのような方法は、現実を正しく認識するための根拠として、これまでの抽象的な理論だけで論じられる経済学より説得力を持っています。

そして、客観的なデータの分析により導き出される結論は、現実に起こっているゼロ金利を、近代の論理から外れていることを根拠に「例外」として無視するのではなく、「必然」として認識し、それを合理的に説明できる理論を踏まえて、1600年以来の歴史的な大きな変化に対応していくことの必要性です。

斎藤幸平著『人新世の「資本論」』

マルクスの「資本論」を環境問題に接合し、持続可能な社会を「脱成長コミュニズム」への変革によって、達成するべきだと主張する。

多くの人たちに読みやすい体裁とするため、難解な議論は省かれているが、ソ連の崩壊によって、廃れてしまったマルクスの思想に、環境問題解決のための理論としての可能性を見出そうとしている点で、注目される。

商品は、人の労働を媒介して、自然を加工することで生産され、その後、貨幣を媒介して、人と人との間で交換される。つまり、商品は、「自然と人」、「人と人」、という二つの関係の上に成立する。
従来、マルクスの「資本論」は、後者の「人と人」との関係を扱う経済理論の書として捉えられてきたが、本書では、マルクスの「資本論」に、前者の「自然と人」との関係を検討していた点が提示される。

しかし、なぜ、これまで多くの研究者によって、研究されて尽くしてきた思われる「資本論」に対して新しい解釈が可能なのか?

本書によれば、「資本論」第一巻はマルクス本人の筆によって執筆され、1867年に刊行されたが、その後、第二巻、第三巻は、マルクスの資本主義批判に関する苦悶の中で、未完で終わってしまった。そのため、現在出版されたものは、エンゲルスがマルクスの遺稿を編集したものに過ぎず、第一巻刊行後にマルクスが遂げた理論的な大転換が、隠蔽されてしまっている。
ところが、近年MEGAと呼ばれる新しい「マルクス・エンゲルス全集」の刊行が進んでおり、晩年のマルクスが残した 地質学、植物学、科学、鉱物学など自然科学に関する膨大な研究ノートが、新たに加えられている。そこでは、「過剰な森林伐採、化石燃料の乱費、種の絶滅などエコロジカルなテーマを、資本主義の矛盾として扱うようになっていった」と理解できる、という。

先に述べた通り、商品は、人の労働を媒介にして、自然を加工することで生産される。環境問題とは、その過程で発生する。
よって、今後は、これまで、別のものとして扱われてきた環境問題と労働問題が、「資本論」を介して理論的に接合されることになる。
また、革命はブルジョアジーとプロレタリアートの階級闘争により達成される、と考えられてきたが、地球温暖化や放射能による汚染、食糧危機など、生物としての生存条件が棄損されるような事態に対して、人々が生き延びるためにやむを得ず蜂起することになるかもしれない。

物質循環を維持するために必然的に革命が行われる。
このような考え方こそ、史的唯物論というべきだろう。

高安秀樹著『経済物理学の発見』ふ

高安秀樹著『経済物理学の発見』

本書は、タイトルの通り、まさに発見されつつある経済物理学について、紹介するものである。

一般に物理学と言えば物質の究極的な性質について扱う学問だと考えられているが、物理学の英訳語physicsとは、狭義の物質を扱う物理学だけではなく、科学そのもの意味する言葉でもある。
そして今や、物質だけに囚われることなく様々な現象が、物理学の研究対象になっているのだという。
そのような潮流にあって、経済を分析しようとする物理学が、経済物理学である。

これまでの経済学では、需要と供給のバランスによって価格が決定されるという均衡理論が信じられてきた。
つまり、供給に対して需要が多ければ価格は上がり、少なければ下がる、というものだ。
中学校の社会科の授業で教えられ、日々のニュースでも、この考え方に沿って、株や為替の値動きが説明されている。
ところが、著者は、あらゆる価格変動のデータを探してみてもその理論に当てはまる実例を見つけられなかったという。

一方、経済物理学では、価格変動を、商品の取引が潜在的にもつ性質が否応なく生み出す自律的な運動だと考える。
コンピューター上で、プログラムした規則に従って売買するディーラーで構成される人工的な市場を設定し、シミュレートした結果、次のような考えを導き出す。

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書評:ベノア・B・マンデルブロ+リチャード・L・ハドソン著『禁断の市場 フラクタルでみるリスクとリターン』

本書の意義は、巻末の監訳者の高安秀樹氏による「訳者の言葉」にまとめられていると思う。

本書は、あらゆる科学の分野で応用されているフラクタルという基本的な概念を生み出した科学の世界の巨人、マンデルブロが、金融市場の科学は未完成の段階であり、過信すると極めて危険であることを堂々と主張しています。自然科学者としてのマンデルブロをご存知の読者は、なぜ彼が経済学者のように金融市場についてコメントするのか、といぶかしく思われるかもしれません。しかし、本書の中でも触れられているように、フラクタルという概念そのものが金融市場の研究から生まれたものであり、彼自身一貫して思索の根底には経済現象があったのです。訳者ら(高安美佐子、高安秀樹)は、1988年にイェール大学に在籍していたマンデルブロの研究室に一年ほど滞在しました。ある日、一緒に食事をしているときに、「先生は、数学者、物理学者、生物学者、そして、経済学者の四つの顔をお持ちですが、もし、一つだけ選ぶとしたら、何を選ばれますか?」という質問をしたところ、きっぱりと「経済学者」という返事を頂いたことを思い出します。

(中略)

マンデルブロの先駆的な研究がけん引する形で、物理学の視点から経済現象を研究する経済物理学という新しい学問分野が立ち上がっています。これは、金融市場などの詳細な経済データをあたかも電波望遠鏡がとらえた宇宙からの時系列信号などと同じように、客観的な視点に立って分析し、その特徴から経験的な法則性をまず確立し、さらには背後に潜む現象を解明しようという研究です。地球物理学や生物物理学などと比べればまだまだ小さな規模ではありますが、経済物理学という協会量御行の研究ジャンルが物理学会の中にも誕生しています。

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柄谷行人著『憲法の無意識』(岩波書店)


理念が、表層的なもの、実用性のない単なる綺麗事、などとして片づけられるものではなく、政治経済等の社会構成に影響を受けつつ、無意識から不可避的に生み出されてくるものであることを、日本の憲法9条を題材に分析している。

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at プラス01

at+太田出版から発行されてきた『at』が、編集体制を変更し、『at プラス』として、新創刊された。これまで連載されてきた上野千鶴子の「ケアの社会学」が最終回となったことや、岡崎乾二郎さんの連載が始まったこと、あとサブタイトルが「思想と活動」になったことなど、いくつかの変化があったのだが、一番面白かったのは、特集記事だろうか。今回の「プラス」の創刊号は、特集を「資本主義の限界と経済学の限界」として、岩井克人や水野和夫へのインタビュー載せている。岩井克人の文章は、柄谷行人との対談「終わりなき世界」が出版されたころ、読んでから、疎遠になっていた。そのため、今回のインタビューは、久しぶりだったが、インタビューを読む限り、当時の「脱構築主義」のスタンスは、あまり変わっていない。いまは「脱構築」を批判する立場をとっている柄谷行人とは、だいぶ距離ができてしまったな、という印象。ただ、その分、岩井克人の言葉から、「脱構築主義」の”今日の意味”を、読むことができるかもしれない。 Read more »