高安秀樹著『経済物理学の発見』ふ

高安秀樹著『経済物理学の発見』

本書は、タイトルの通り、まさに発見されつつある経済物理学について、紹介するものである。

一般に物理学と言えば物質の究極的な性質について扱う学問だと考えられているが、物理学の英訳語physicsとは、狭義の物質を扱う物理学だけではなく、科学そのもの意味する言葉でもある。
そして今や、物質だけに囚われることなく様々な現象が、物理学の研究対象になっているのだという。
そのような潮流にあって、経済を分析しようとする物理学が、経済物理学である。

これまでの経済学では、需要と供給のバランスによって価格が決定されるという均衡理論が信じられてきた。
つまり、供給に対して需要が多ければ価格は上がり、少なければ下がる、というものだ。
中学校の社会科の授業で教えられ、日々のニュースでも、この考え方に沿って、株や為替の値動きが説明されている。
ところが、著者は、あらゆる価格変動のデータを探してみてもその理論に当てはまる実例を見つけられなかったという。

一方、経済物理学では、価格変動を、商品の取引が潜在的にもつ性質が否応なく生み出す自律的な運動だと考える。
コンピューター上で、プログラムした規則に従って売買するディーラーで構成される人工的な市場を設定し、シミュレートした結果、次のような考えを導き出す。

「人工市場のシミュレ ーションでわかってきたのは 、市場参加者は 、過去の価格変動に大きく影響を受けており 、特に 、トレンドともよばれている直近の価格変動の傾向がこれからも続くと考えて行動する傾向がある 、ということです 。価格が少し下がり出した時 、しばらくの間は価格が下がり続けると思うディ ーラ ーがある程度おり 、彼らが市場を支配してしまう形になると 、市場価格はどんどん下落してしまいます 。人工市場の中では 、過去の価格変動の影響をいっさい受けないようなディ ーラ ーだけを寄せ集めたような仮想的な市場を構成する実験ができます 。そのような状況ではどうなるかというと 、やはりカオスが起こって価格はミクロには安定せず 、確率的に見えるような変動を起こすのですが 、暴落や暴騰と言えるような大きな変動は生み出さないことが確かめられます 。市場価格の直近の変化に比例して先読みをするような効果を組み込んだディ ーラ ーをその人工市場に入れてやると 、途端に市場は不安定になって暴騰したり暴落したりするようになります 。このような性質は 、直感的には 、価格が引き続いて下がり出した時に 、次にも 、同じように価格が下落するのではないかと予想することであり 、誰しも思いあたるふしがあることだと思います 。誰もが少しずつでもそのような性質を持つことによって 、市場全体としては 、暴落 ・暴騰がある頻度で必ず起こってしまうことになるのです 。」

加えて、事件やニュースがなどの外的な要因が、為替に及ぼす影響について、日銀の為替介入や9.11のような大事件後の変動を分析して、次にように結論づける。

「事件やニュ ースが為替に及ぼす影響は一般には非常に小さいということができます 。つまり 、ニュ ースで市場が動く事例はあるのですが 、自発的な市場のゆらぎのほうが通常ずっと大きく重要だということです 。先に述べたように 、 1兆円を投入する介入といえどもせいぜい 1時間程度価格を一方向に押し動かす程度の効果なのですから 、やはり 、外国為替の市場を支配しているのは 、自発的な市場のゆらぎであると言うことができます 。」

経済物理学は、生み出されて間もない研究分野ではあるが、これまでの経済学を根本的に転倒させてしまうほどの潜在力を秘めている。

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