大和時代の交通

四-五世紀の段階では、国内的には、交通はまだ部族勢力の圏内に限られるが、しかし、部族間には、戦斗や政治交渉・連絡などによって、時には部隊の、また時には使者の往来がかなり活発に見られたと思われる。

田名網宏著『古代の交通』

大和朝廷の確立した六世紀ともなれば、東北地方を除いてほぼ全土がその支配下に組み込まれ、その過程の中で、時には、「崇神紀」「景行紀」にみえるような、豊城命の東国統治、彦狭島王の東山道15国の都督、御諸別王の東国支配といった、中央皇族の派遣による地方統治の形式によることもあったであろう。それに伴って、中央と地方との交通路も次第に開拓されていったものと思われる。

田名網宏著『古代の交通』

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