地方で聞いた耳より情報1

あけましておめでとうございます。だらだらと続けているこのサイトも、二回目の正月を迎えました。これからも、めげずにほどほどに続けていきますので、よろしくお願いします。さて、このお正月は、岐阜の実家に帰省して、友人や知人に会って、話を聞く機会があり、東京では決して聞くことができない話を聞けて面白かった。その中のひとつが、岐阜の家や土地の値段に関する情報。家や土地の価格といわれて、どれくらいを思い浮かべるでしょうか。建物で、坪単価50万円代なら、ローコスト。90万円代ならハイグレード。都心なら土地の価格で、坪単価100万円は超えるし、ちょっとしたマンションでも、5000万円を超える、というのが常識だと思う。以前、知人が都心に購入した億ションを見学に行った際、その狭さと日当たりなどの居住性の低さに唖然とした経験もある。そもそも、億ションが投資という目的に購入されるケースが多いので、そもそも実体的な居住性と、それに付けられる建物・土地の価格とが、かけ離れているのかもしれない。しかし、いずれにしても、価格に係わらず、人口が密集する都市で手に入れられる住居の面積や住環境には、物理的な限界がある。一方、田舎では都会では信じられないくらい、不動産を安く購入することができるらしい。実家のある岐阜県中津川市近郊でも、すこし辺鄙なところなら、庭付き・木造平屋の中古住宅が500万円。庭と中古住宅に山までついて1000万円といった値段の物件がある。つまり、すこし高級な車と同じくらいの価格で、土地と建物を手に入れることができるわけである。近いところでは、うちの実家も、亡くなった祖母や叔母が住んでいて空き家になった住居を二軒管理しているのだが、150㎡以上ある一戸建ての住宅を月6万円程度で賃貸しているという事実もある。地方と都市との経済格差が広がっている、といわれる。しかし、都市での生活で得られる高額な所得の大半が、狭い割には、数千万円もするマンションのローンの支払いに廻されているとすれば、そのお金でどの程度の生活の豊かさが得られているか、かなり怪しいところがある。もちろん、田舎で職を得て生活を成り立たせるのが難しいという現実があるために、それだけ不動産の価値も下がっているのだが、田舎には生存に必要な食料を得るための田畑や水がある。自給自足のようにお金をかけなくても生きていけるエネルギーのシステムさえ作ることができれば、都市であくせくお金を稼いで消費するよりも、余程快適な生活を実現させる可能性を持っている。

  1. 70歳を過ぎた父母が購入したばかりの不動産を、正月実家に帰ったさい、見てきました。群馬県の藤岡市です。たしか築7年ほどの、医者の家、というか、一階は医療室そのものです。(だから駐車場も10台以上ぶんあります。スリッパも、ナースのでした。)土地あわせて100坪だったか? 数年まえは七千万円だったのが、千五百万までさがったので、買ったのだとか。老人むけのデイサービスという福祉事業をやりたいとか、両親はいっているのですが、自分たちが世話されるほうなんでは? 家庭菜園に精出して、いつも野菜をいっぱいもらって帰ってきます。物件は自分たちで掃除して(鳩が屋根裏に巣を作っていたとか…)、いまは埼玉県の深谷市の福祉施設に勤める弟がひとりで住んでいます。当初は部屋数おおく広すぎて、夜が恐かったとか。(診察ベットもそのままだし…)――という、こちらの地方情報でした。

  2. コメントありがとうございました。返信、遅くなりました。今、みました。。。。。藤岡市の不動産情報ありがとうございます~築七年で七千万円の物件が、数年で千五百万円ですか。地方では、建築物が、ただ同然に暴落していますね。最近だと、地方でマンション販売をしていた穴吹工務店が、倒産しました。もしかすると、まだ、価格が下がっていないのは、東京などの都心部だけなのかもしれません。建築物の価格が下がると、建築を新築することによる投資にメリットがなくなるので、ますます建築業界の景気が悪化することになります。建築業者にのこされている仕事は、値段の下がった中古物件をリニューアルして、多少価値をあげることくらいになってしまうのかもしれませんね。

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