Category Archives: Life

パソコン作業中の姿勢

「近くを見続けるパソコン作業は、ピントを合わせるのに重要な役割をする毛様体筋の緊張が続くため、ピント調整つ能力を低下させます。
それだけでなく、パソコン作業中は、まばたきの回数が極端に減ります。
まばたきには実は重要な意味があり、まばたきをすることで角膜が涙で潤い傷や障害から守られているのです。
そのため、まばたきを回数が減ると、ドライアイになりやすくなります。
ドライアイになって涙の分泌量が慢性的に減ると、感染症にかかりやすくなり、視力の低下もまねきます。
こういった状態を防ぐために重要なのはパソコン作業中の姿勢です。

まず大事なのが机と椅子の高さ。パソコンを打つとき、ひじが90度以上に保てる高さだと肩や肘、手首に負担がかかりません。
椅子はう座った時に、足首、ひざ、股関節が90度になる高さにし、深く腰掛けて背筋を伸ばしましょう。足がつかないなら台などを置いて調節してください。

また、パソコン画面はやや見下ろすような位置に来るように設定するのがベスト。見上げるのような高さに画面があると、目の開いている部分の面積が増え、涙が蒸発しやすくなって、ドライアイを招くためです。
目と画面の間は、40-50cmほど離すのがお勧めです。」
(本部千博著『自分で目をよくする本』p124)

白川郷の大家族制

明治期から昭和中期まで白川村の「大家族」制は民俗学・社会学の人きな研究テーマであった。「大家族」では時には三十人から四十人がひとつの合掌造りの建物に住んでいた。大きな合掌造りの建物に四十人もの「家族」が忙しく暮らしていたのだから、さぞや賑やかなものだったにちがい。「大家族」制ではこの四十人のうち、夫婦で住むことができるのは家長と長男のみで、残りの家族はすべて、次男以下の男性が他家の未婚の女性のもとに通う「妻どい」形式の結婚形態であったことが特徴とされている。「妻どい」夫婦の子供は母親の家で育てられ、戸籍上は「私生児」となった。「大家族」制が見られたのは白川村の南部の中切地区と北部の山家地区の一部のみで、世界遺産の荻町がある大郷地区では見られなかったという。「大家族」制は大正時代の中ごろまで続いたとされている。山に川まれて土地が狭いため、米も十分つくることができず、焼畑に頼って生活をしていたこと、養蚕を続けていくために働き手を家に確保しておく必要があったことが「大家族」が成立した要因であるとも言われている。
黒田乃生著『世界遺産白川郷』p26

模型による全体の認識

 寸法についてであるにせよ、属性についてであるにせよ、それでは縮減にどのような効果があるのだろうか? それは認識過程の転倒にあると思われる。現火の物体を全体的に認識するためには、われわれはつねにまず部分から始める傾向がある。対象がわれわれに向ける抵抗は、それを分割することによって克服される。寸法の縮小はこの状況を逆転させる。小さくなれば、対象の全体はそれほど恐るべきものとは見えなくなる。量的に小さくなることによって、われわれには質的に簡単になったと思われるのである。より正確にいうならば、この量的な転換によって、そのものの相同体〔この場合は美術作品〕に対するわれわれの力は増大し多様化する。相同体を介して、物をつかみ、手にとって重さをはかり、一目見るだけで知ることが可能になるのである。子供のもつ人形はもはや敵でもライバルでも話し相手でさえもない。人形の中で、また人形によって、人間が主体とかわるのである。現寸大の物ないし人間を認識しようとする場合とは逆に、縮減模型では全体の認識が部分の認識に先立つ。それは幻想にすぎないかもしれないが、そうだとしても、知性や感性に喜びを与えるその幻想を作り出し維持することがこの手法の存在理由である。この喜びは、いま述べたことだけを根拠にしても、すでに美的快感と呼ばれてよいものである。
レヴィ=ストロース著『野生の思考』p30

人間条件のすべての属性を定義する料理

見かけは非常に異なるが、短い寿命の起源に関係する神話のいずれもが、同じメッセージを伝えており、相互の違いは使っているコードの違いにしか過ぎない。第二に、それらのコードは同じタイプであって、感覚的な質の対立を利用しており、感覚的な質に真の意味での論理的存在が付与されている。第三に、人間には五感があるので、基本的なコードの数は五である。五つのコードが示しているのは、全ての経験的可能性が体系的に数え上げられ、利用されているということである。第四に、これらのコードのうち一つが特権的な位置を占めている。それは食物の食べ方に関する-したがって味覚の-コードである。他のコードが味覚のコードのメッセージを翻訳することの方が、味覚のコードのメッセージを翻訳するよりは多い。というのは、火つまり料理の起源の神話が、短い寿命の起源の神話への入り口になっているからであって、アピナイェでは、短い寿命の起源は火の起源の神話の中のエピソードにしか過ぎないからである。このようにしてわたしは、先住民の哲学において料理が占める真に本質的な場を理解し始めた。料理は自然から文化への移行を示すのみならず、料理により料理を通して、人間の条件がその全ての属性を含めて定義されており、議論の余地なく最も自然であると思われる-死ぬことのような-属性ですらそこに含められているのである。

クロード・レヴィ=ストロース著『生のものと火をとおしたもの』p238

生ものと火を通したもの。新鮮なものと腐ったもの。

これらが証明しているのは、火の起源に関するジェの神話は、同じテーマを持つトゥピ=グアラニの神話と同様に、二重の対立を使っているということである。それは生のものと火を通したもの、新鮮なものと腐ったものである。生ものと火を通したものを結ぶ軸は、文化の特徴を示し、生ものと腐ったものを結ぶ軸は、自然の特徴を示している。加熱調理は生ものの文化的変形であり、腐敗は生ものの自然的変形である。
このようにして復元した集合全体のなかで、トゥピ=グアラニの神話はジェの神話よりやり方が徹底的である。トゥピ=グアラニの思考法にとっての関与的対立は、加熱調理(その秘密をコンドルが握っている)と腐敗(これがコンドルの今日の食性である)である。ジェにとっての関与的対立は、食物の加熱とジャガーが今日行っているように食物を生で食べることである。
ボロロの神話は、これらの二つの様式のいずれかを選ぶことの、拒否あるいは不可能を表現しているようである。
クロード・レヴィ=ストロース著『生ものと火を通したもの』p210

流通機構変革の手段としての兼業農家

これまでの歴史を振り返って見ても、良い政府を作ろうとして革命を起こしても、新しい革命政府がもっと悪い政府になってしまった例は枚挙に暇がない。より良い社会を作るための革命など、長期的にはナンセンスであることがわかるだろう。
より良い社会を作るためには、新しい文明を作るのではなく、文明を放棄しなければならない。文明を放棄し、権力に風穴をあける方法はただ一つしかない。それは、権力に余剰食糧を供出しないことである。また、権力から食料を受け取らないでも生活できるようにしておくことである。これは、食料の家族自給によって可能となる。
家族自給とは家庭料理の延長である、と考えた方が良い。鍋釜に入れるところから家庭料理になるのではなく、鍋釜に入れるものをつくる所から家庭料理だと考える。つまり、権力としての流通機構に風穴を開けるといったところで、そんなに過激に突拍子もないことをするわけではないのである。「今後、当分の間(石油文明が終わるまで)兼業農業者になりましょう」ということだ。
なぜ兼業化というと、基本食料が自給できたとしても、この石油文明では、食料だけでは社会生活が出来ないからだ。子供の教育にもお金がかかる。したがって、どこかに労働を売って、現金収入を得なくてはならない。だから兼業農業をすることになる。
槌田敦『エントロピーとエコロジー』p169

産業革命と「イギリス風朝食」

たとえば、都市の下層民衆の住環境はトイレがなかったことはもちろん、しっかりした調理をする施設(台所)すらなかった。無料で採取できる燃料もなかったから、短時間で朝食を準備することは不可能となった。石炭に火をつけるのも一苦労で、まして、自宅でパンを焼くなどということは問題外であった。

しかも、都市住民の多くは工場で働くようになった。工場労働が農村での農民や職人の生活大きく異なっていたことのひとつは、時間の規律が厳しくなったことである。これまで、職人の間では、「聖月曜日」とよばれるルースな時間の使い方が慣行として認められていた。週末に「週給」を受け取った職人は飲んだくれるため、日曜だけではなく、月曜も仕事には出てこなくてよいというのが、「聖月曜日」である。

しかし、工場制度が普及し、機械を効率的に利用しなければならないようになると、このような時間にルースな生活は認められなくなった。工場労働者は、「晴耕雨読」というわけにはいかず、機械時計の刻む時間に従って、動くことを求められたのである。いいかえれば、労働者はサイレンが、鳴るまでに工場に入り、次のサイレンが鳴り終わるまで、休みなく働くことを要求されたのである。

さらに、工業化と都市化の結果、これまでの家内工業と違って、労働者の家庭では、その構成員のほとんどが家庭外で雇用されるようになった。この点でも工業化によって民衆は長時間を要する調理の可能性を失った。じっさい、この時代の下層民の生活について詳しいルポタージュを残したヘンリ・メイヒューによれば、ロンドンの街路には、ありとあらゆる種類の屋台の簡易飲食屋が開業していたことがわかる。

問題は、これから一日の厳しい労働に従事する人たちの朝食だから、「イギリス風朝食」は「重い」つまり、カロリーの多いものでなければならなかった。しかも、労働者たちが酔っ払ってしまうようなものでは困るし、直ちに元気になるものでなければならなかった。
こようのな多様な条件に見事に合致したのが、紅茶と砂糖と店で買うパンなどからなる「イギリス風朝食」である。

<中略>

「イギリス風朝食」は労働者のものだから、何よりも安上がりでなければならなかった。この点でも、砂糖入り紅茶は合格だったのである。というのは、同時代の歴史家デイヴィド・マクファソンによれば、「要するに我々イギリス人は、商業上も金融上でも、きわめて有利な位置にいるために、世界の東の端から持ち込まれた茶に、「西の端の」西インド諸島からもたらされた砂糖を入れて飲むとしても、(輸送のための船賃や保険料もかかるのだが)、国内産のビールより安上がり」だったからである。
マクファソンのいうとおり、「ティーコンプレックス」は、イギリスの中心としてみると地球の東西の両端に位置する地域、つまり世界システムの二つの周辺から来た素材によって成り立っている。いいかえればイギリスが世界システムの「中核」の位置を占めることになったからこそ、このようなことが可能になったのである。

(川北稔編『知の教科書ウォーラーステイン』p90-92)

永続性の高い森の文化

6000年前の縄文人の季節を核とする循環系の生活リズムは、この若狭町に限らず、高度経済成長期以前、日本の山村が崩壊するまで、山村の人々の生活の中に普通に見られたものである。温帯の落葉広葉樹の森の文化として出発し、その森の生態系に適応を深めていく中で発展を遂げてきた縄文文化の伝統は、弥生時代の稲作の伝播によっても、著しい断絶をこうむることなく、つい最近まで日本の山村の人々の生活の中に受けつかがれてきた。
(安田喜憲著『稲作漁労文明』p13)

「海の牧畜民」による支配としての植民地

安田 僕はインド・ヨーロッパ語族の爆発的な拡大を考えたときに、「海の牧畜民」という言葉を使おうと思っています。つまり、かつて漁撈民は巨大な海を支配して交易をしていても、必ずしも植民地的な支配はやらなかった。ところが、ヨーロッパから出かけていったインド・ヨーロッパ語族の人々はアメリカやオーストラリア大陸を植民地にし、さらにアジアにもかなりの植民地を持ちました。そうした思想の原点がどこにあるかというと、結局インドヨーロッパ語族が牧畜民の文化をずっと持っていたところに行き着くわけです。牧畜民は、移動することによって新しい植民地をつくっていく。
ギリシャもインド・ヨーロッパ語族が拡大し、文明を作った国家ですが、彼らはやはり巨大な仕組みを地中海世界に作り始める。なぜギリシャ文明があのように大量の植民都市をつくったというと、もともと牧畜民であったインド・ヨーロッパ語族の一派であるドーリア人がやってきて、彼らが森の中で船を作る技術をマスターし、海へ出たからだと思います。
陸上の牧畜民の子孫が、海の先に作ったのが植民地だった。漁撈民は昔から海に接して海洋を自由に動き回っていても、決して巨大な植民地を作らなかったわけです。

石弘之+安田喜憲+湯浅赳男著 『環境と文明の世界史』p192

持続可能な食料としての米と魚

安田 牛肉1トンをつくるのに小麦が12トン必要という話が出ましたが、1トンの小麦を作るのに、だいたい1000トンの水がいる。つまり1トンの肉に1万2000トンの水がいるわけですね。地球の水資源を考えると、中国の13億人の人間が今の日本人並の肉を食える水資源はないのです。

石弘之+安田喜憲+湯浅赳男著 『環境と文明の世界史』p213

石 21世紀は、世界のどこが一番発展するかというと、僕は亜熱帯モンスーン地域だと思っています。その理由は、水という制約条件が非常に低いからです。同地域は年間の降水量が基本的に多いので、コントロールさえすれば水に困らないわけですよ。

安田 でも、乾季があるでしょう。

石 だから水を溜めておくシステムが必要なんです。
それともう一つは、安田さんが言うように米と魚ですよね。米は最も持続的な農業であり、魚は最も持続的なタンパクの供給源です。「持続性」の文化の中に内在させてきたのは、やはり亜熱帯モンスーン地域しかない。

石弘之+安田喜憲+湯浅赳男著 『環境と文明の世界史』p220

人類のカタストロフィー

石 今のままいけば、かなり近い将来にカタストロフィーがあると思います。最近の例で言えば、1960年前後に自然災害の政策の失態が重なって中国で2600万人が餓死したといわれています。わずか40年前の話ですよ。その後中国人は一時的に悔い改めたと思いますがまた元も戻ってしまった。
環境史の教訓というのは、人間が自分から進んで環境を良くしたことはなかったということです。

湯浅 破局がなければですね。

石 たとえばペストが大流行したヨーロッパでは、人口が激減したために森林がが急速に回復しました。人類は大きな破局に直面して初めて悔い改めることになった。しかし、やがて忘れてしまう。現代のようにこれだけ楽しい情報が溢れて欲望を毎日毎日くすぐられていては、「悔い改めなさい」といっても、それは無理でしょ。

安田 今われわれが問題にしているのは実際の環境革命ではなく、環境革命に至る前、出来るだけ今の状態を引き伸ばすのにはどうしたらいいかという延命策で言っているわけです。カタストロフィーが解決策なら、早くカタストロフィーを起こしたら言い訳ですが、それでは困るわけです。

湯浅 その場合は人類は全滅しますね。

安田 いや、人類が全滅することはないですよ。

湯浅 大惨事が起こらないために、破局をくぐりぬけるだけの準備がいる。

石 やはり、過去500年のヨーロッパ社会が世界に幻想を振りまいた「進歩」という概念が問題になります。現在60億人を超えた世界の民が、今日より明日、明日より明後日をよくするためにがんばっている。おそらく200年前の世界では、そんなことを思っていた人は少なかったはずです。ところが、今は発展が無条件に義務付けられている。

湯浅 今やらねばならないことは人類史の総括だと思います。とりわけ産業革命以後の総括と、ここ500年の近代の総括だと思います。

安田 僕が今、思っているのは、スローダウンして軟着陸するしかないということです。

石 大賛成ですね。先程も安田さんが言われたとおり、500万年の人類の様々な積み重ねを総括しないと将来は見えてこない。そこに環境史の意味があるのでは。将来は破局しかないのかもしれないし、すこしでも破局を先延ばしに出来るのかもしれない。少なくとも過去に学ばないものには将来はないわけです。

石弘之+安田喜憲+湯浅赳男著 『環境と文明の世界史』p261

階級都市

東京二十三区の間には大きな格差がある。所得、階級構成、学歴、生活保護率など、階級や社会階層に関するあらゆる指標で、豊かな都心四区、相対的に豊かで高学歴の山の手、すべてにおいて豊かさから取り残された下町という、はっきりした序列が見出される。ここから住民の平均寿命や、子供の成績と進学率などにも、深刻な格差が生み出されている。

橋本健二著『階級都市』p249

格差が大きいことは、それ自体で、さまざまな問題を産み出す。これまでも論じてきたように、子供たちを中心に機会の平等が失われ、格差が固定化し、貧困連鎖が生じてしまうことが最大の問題だが、それだけではない。
大きな格差は、それ以外にも様々な社会的損失を産み出す。その最大のものは、人々の健康を損ない、生命を危機にさらすことである。この問題については、近年、英国米国中心に膨大な量の実証研究が積み上げられてきた。
研究をリードしてきた代表的な研究者の一人が、リチャード・ウィルキンソンである。彼によると、これまでの研究から次のような事実が明らかになっている(ウェイルキンソン『各社社会の衝撃』)。経済格差の大きな死亡率の関係を都市別に見ると、不平等な都市ほど死亡率が高くなる。こうした傾向の一部は、格差の大きな都市ほど、健康を害しやすい貧困層が多いことによって説明できるが、原因はそれだけではない。データは、不平等な社会に住めば、どんな所得レベルの人でも死亡率が上がってしまうことを示している。格差が大きくなると、低所得の人々のみならず、平均的なさらには平均以上の所得のある豊かな人々でも死亡率が上昇するのである。
なぜ、こうなるのか。大きな較差があるとき、人々は強い心的ストレスを感じ、健康を害しやすくなる。さらに人々の間に信頼関係が形成されにくくなり、信頼に基づく人間関係も失われていく。すると、人々はお互いに敵意を抱きやすくなり、犯罪が増加し、ストレスはさらに高まる。米国で行われた調査研究によると、所得格差の大きい州ほど殺人発生率が高い傾向があり、所得格差と貧困率の二つの要因で、州による殺人発生率の違いの半分以上が説明できると言う(ウィルキンソン前掲書、カワチ/ケネディ『不平等が健康を損なう』)。

橋本健二著『階級都市』p261

トリスタン・ツァラ「回想のダダ」

こうして 、習慣化して硬直化した、あるいは物質的利害の泥濘に埋没し切った全てのものに対する嫌悪の念が募って行くに従って、我々の精神は革命の方向へと発展して行ったのである。もっとも、この革命の方向といっても、本質的には青年時代に通有のあのネガティブな価値しか持っていなかった。が、それでも、当時の青年たちの願望に応えるものであった、と言う事はいっておかなければならない。古い者たちとは全面的に相入れない、と高言する正当な理由が彼らにはあったのである。われわれの変革への意図は、ただに、造形芸術の文学だけに留まるものではなかった。さらにすすんで、社会構造の変革とまではいかなったが、すくなくとも、高慢な倫理的規範を口にしながらも虐殺と悲惨を許してきた、あの偽善の文化を打ち壊そうとしたのである。それはまた、同時に、キュビスム、エクスプレショニスム、フュチャリスムなどといった現代の諸傾向と絶縁することでもあった。というのも、それらは、芸術の問題と生の問題とを分離し、われわれが人間に与える重要性に比して、芸術にはあまりにも過当な重要性を与えており、この点で、やはり古い理念にとらわれていたからである。われわれには、もっと大きな野心、つまり生を改革するという野心が問題だったのである。芸術は人間に奉仕すべきであり、その逆はあるべきではなかった。
トリスタン・ツァラ「回想のダダ『トリスタン・ツァラの仕事』P92

自給自足の本 完全版 [単行本]

自給自足のためのマニュアル本。
土地や海が汚染され、安全な食料を手に入れずらくなりはじめた。
今後、安全な食料を手に入れるためには、信頼の置ける場所から調達する必要がある。そのもっともシンプルな生活方法が、自給自足である。

AとBの起源-牛と家

現在の「A」はセム語の「アレフ」、つまり牛からきており、セム人はヒエログリフの「牛の頭」にあたる文字をあてました。同様に「B」は、「ベート」つまり「家」で、ヒエログリフの「家」に当たる文字をあてました。アルファベットはこの最初の二文字をを合わせた言葉です。これら原シナイ文字アルファベットは、フェニキア文字に発展し、ギリシャ文字やラテン文字、そして現在のアルファベットへと発展したのです。一方フェニキア文字はアラム文字となり、アラビア文字、インド、チベット、満州文字へと発展し、朝鮮のハングル文字にまでその影響が及んでいるということです。(吉島重朝著『印刷よもやま話』P8)

生活の基礎として「衣食住」といわれますが、食に関わる牛と住に関わる家は、アルファベットの最初の二文字、AとBの起源にもなっているらしい。

地方で聞いた耳より情報2

山のハム工房ゴーバルこれもまた、お正月に実家に帰省した際に聞いた話ですが、上記のハム工房を運営されている方々は、自給自足に近い生活をされているらしい。もちろん、リンク先のHPの通り、肉の加工品で、お金をある程度稼いでいらっしゃいますし、かなり立派なHPやブログなどを運営されているわけですから、そのお金でパソコンやそれを動かす電気などのエネルギーや田舎では移動手段として必需品である車なども手に入れていらっしゃるはずです。その意味では、完全な自給自足というより、かなり収入が少なくても生活を成り立たせているという意味に捉えるべきでしょうが、前回のエントリー「地方で聞いた耳より情報1」でも書いたとおり、地方の山あいだと、かなり安く家や土地が手に入れられるようですし、収入がそれほどなくても生活を成り立たせることができるのでしょう。 Read more »

地方で聞いた耳より情報1

あけましておめでとうございます。だらだらと続けているこのサイトも、二回目の正月を迎えました。これからも、めげずにほどほどに続けていきますので、よろしくお願いします。さて、このお正月は、岐阜の実家に帰省して、友人や知人に会って、話を聞く機会があり、東京では決して聞くことができない話を聞けて面白かった。その中のひとつが、岐阜の家や土地の値段に関する情報。家や土地の価格といわれて、どれくらいを思い浮かべるでしょうか。建物で、坪単価50万円代なら、ローコスト。90万円代ならハイグレード。都心なら土地の価格で、坪単価100万円は超えるし、ちょっとしたマンションでも、5000万円を超える、というのが常識だと思う。以前、知人が都心に購入した億ションを見学に行った際、その狭さと日当たりなどの居住性の低さに唖然とした経験もある。そもそも、億ションが投資という目的に購入されるケースが多いので、そもそも実体的な居住性と、それに付けられる建物・土地の価格とが、かけ離れているのかもしれない。しかし、いずれにしても、価格に係わらず、人口が密集する都市で手に入れられる住居の面積や住環境には、物理的な限界がある。一方、田舎では都会では信じられないくらい、不動産を安く購入することができるらしい。 Read more »

桃花村の農産物

桃花村農産物農事組合法人桃花村遅くなりましたが、先日のブレスパッセージで買った田中泯がなさっている桃花村で作ったトマトと番茶(極上)の写真です。価格は、それぞれ以下の通り。 Read more »

40年で未婚率10倍増!

「40年で未婚率10倍増!」から男のホンネを読み解けば…結婚しない人がすごい勢いで増えているらしい。40年で、10倍。10年で2倍だそうだ。周りの友達を見ていれば、その傾向は実感できる。むしろ、実感とこの統計とを比べると、「この程度か」と思うくらいだ。もっとも、自分の周りにいる友達に、同じような傾向の人たちが多い、ということがあるかもしれないのだが。このことを建築に延長させて考えて見れば、近代建築の独立住宅は、核家族のために作られてきたが、いよいよその前提が壊れていることが、あからさまに表面化し始めた、ということになる。今どきの建築家は、「デザイナーズ住宅」として独立住宅の設計を主な仕事としているところがある。しかし、世の中が急速に非婚化に向かっている以上、近代建築の延長で住宅を作りさえすればいいというわけがない。「婚活」という流行語もあるようだが、こういう統計をみてしまえば、「婚活」も、非婚化という大きな流れに対する、ささやかな抵抗でしかない。むしろ、消滅しつつある核家族にこだわるよりも、これまでの家族に代わる別の生活単位やコミュニティを積極的に考えていくほうが、余程前向きな姿勢ではないだろうか。そして、建築家も、それを受け入れるハードとしての「家」を考えていく必要があるだろう。

遺伝子の分析から導き出される人類学

こちらのサイトで進めようとしている農園計画では、未来のコミュニティのあり方についても考えたいと思っている。通常、住宅とは、まず核家族という単位があり、その単位を前提として、リビング、ダイニング、寝室、浴室、という部屋を組み合わせることによって作られている。一般的に、建築家が行う住宅設計は、それらの配列を検討し、形を与えることでしかない。しかし、核家族というコミュニティの単位も、歴史的なものである。時代が変われば、別のコミュニティが生活の単位として生まれてくることになる。実際、非婚化あるいは離婚率の増加という現象に見られるとおり、多くの人にとって、核家族というコミュニティが、うまく機能しなくなっている。近い将来、核家族という単位に代わる新しいコミュティのあり方が市民権を得て、それに対応した住処も求められるようになるはずである。農園計画でも、そんな社会の動きを先取りした提案が必要だろう。そんなことを考えていたら、つい先日、遺伝子の分析から人類学の研究をされている太田博樹先生にお会いする機会があり、立話ながら非常に興味深いお話を伺う事が出来た。太田博樹研究室 Read more »