鈴木博之退官記念連続講義第八回 石山修武

1/15に東京大学で行われた「鈴木博之教授退官記念連続講義」の第八回目にあたる、石山修武のレクチャーに行ってきた。この連続レクチャー、昨年の春から行われ、今回が最終回の第八回目。建築史家の鈴木博之氏と石山氏が、若い頃高山建築学校で出会って以来、盟友関係であるわけですが、普段は批評される側の立場にある建築家の石山さんが、批評する側にいる建築史家・鈴木博之をどう分析するのか、この二人がそれぞれ具体的な活動のなかでどういう影響関係があったのか、といった点で、とても興味深いレクチャーになると期待したのです。内容としては、通常は、建築をメタレベルで批評する建築史家・鈴木博之氏の活動を、批評対象として、保存・様式・地霊・装飾と4つに分類して、解説するというもの。ただ、その分析方法が、非常に大胆で、今までの建築史の文脈の中で無関係と思われてきたものを、その文脈から引き剥がして、大胆に並び替えて再構成してしまうのだった。「玄庵」や「世田谷村」に代表されるように、石山さんの建築には、本来の産業構造のなかで位置づけられている部品の文脈を引き剥がして、新しい全体としての建築に統合してしまう、という手法があるわけですが、今回のレクチャーには、まさにそんな石山さんの手法が存分に発揮されていると感じた。たとえば、「様式」という項の流れは、鈴木博之さんがイギリスに留学して、研究を出発したという点と、首相官邸の新築に辺り、有識者として参加して使用した様式を、結びつける。ご存知の通り、現首相官邸は、全面をガラス張りにしたハイテクスタイルを踏襲しつつ、内部には竹や石を配した和風庭園をもつ、いわば「和風ハイテクスタイル」でつくられている。石山さんの論では、このような鈴木博之の「和風ハイテクスタイル」好みの起源は、イギリス留学にある、と述べられる。つまり、イギリスには、クリスタルパレスから続く、温室技術を建築に転用したハイテクスタイルの伝統があり、現代建築でも、ジェームズ・スターリング、リチャード・ロジャース、ノーマン・フォスターといった建築家に受け継がれている。一方、東京大学の建築学科は、イギリス人建築家ジョサイア・コンドルが初めての教授として招かれることからスタートした、という歴史を持つ。鈴木博之氏はその歴史を背負ってイギリスに留学した際に、そのハイテックスタイルの伝統から、影響を受けたのではないか。そして、その結果生まれたのが、鈴木博之氏がデザインを監修した和風ハイテックスタイルの「新首相官邸」である、というのだった。僕が、以前勤めていた事務所を辞めて、大学での恩師である石山さんに挨拶に行ったとき、「お前は気が弱いところが駄目だ。」と、アドバイスを頂いたことがある。今回のレクチャーのような、論理的に荒削りであっても、大胆なコラージュを見せられると、確かに批判を恐れず、わずかな可能性にかけて、大胆な一歩を踏み出すような勇気が必要だな、と改めて考えさせられた。また、二人の影響関係については、レクチャーでは直接触れられることは無かったが、後の質疑応答の際に、建築史家・中川武教授から指摘された。その場では、明確な回答はなかったのだが、石山さんのブログ「世田谷日記」には、その点について以下のように書かれている。「一夜明けて、鈴木さんも私も本来は単独者であり、孤立せざるを得ない基本的性格を時代に対して持っていて、お互いそれを本能的に知っていたので、それだからこそ、友人らしきを必要としたし、してきたのだとしか答えられないのに気付いた。正直なところである。 」(「世田谷村日記R207」)

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