Category Archives: Arekore

学生作品の講評会に絡めて

先日、今年度非常勤講師を務めてきた学校の学生の課題の講評会に行ってきた。そのことについて、感想をすこし書いておきたい。建築を勉強し始めて一年目の学生たちが相手なので、それらの作品のレベルをどうこういうつもりはない。しかし、多くの学生が、いまだに「主体」信じて作品を作ろうとしていることには、違和感を感じた。 Read more »

石山修武、磯崎新、夢

Y.K.です。昨日の明け方、夢を見た。こんな夢だ。狭いタクシーの後部座席に私を含めた三人の男が乗車している。私は左側に、右奥に建築家の石山修武が、真ん中に磯崎新が座っている。磯崎は前座席の背もたれに掴まり身を乗り出すようにして、前方を見ながら何やら楽しそうにしきりに話している。体も大きく、私も石山修武もドアに押しやられるように詰めて座っている。磯崎のエネルギーに圧倒される二人。石山はそれでもニコニコしながら磯崎の話を聞いている。私もこの二人の知り合いであるらしく、磯崎に何か質問したりしている。何を聞いたかは憶えていない。だが、磯崎は以前からの知り合いであるかのように私に話しかける。どうやら私は、M.T.の仲介で二人と知り合ったようなのだが、M.T.はそこにはいない。後で来るようだ。場面は変わって、どこか田舎の中山間地の急なS字カーブの緩い坂道を、反時計回りに三人で歩いて上っている。田舎なのだが、そのカーブ沿い左手に古いバラック建築の下請工場などが林立している。(『ハウルの動く城』を日本の下町工場風に変えた感じ。)建物群は無計画に増築を重ねたようで、しかも年季が入っており、いずれも錆び付いたトタンや無様に露出した鉄骨の骨組みがひしめき合って複雑な構造を形成している。異様に複雑な構造だが、鮮明な像。煙のような湯気のようなものがどこかの建物からのぼっている。(私はたまにこういった複雑な構造物の夢を見る。妙に細かい編み物の文様とか。なぜそのような複雑な構造を持つイメージが夢で具に再現されるのか、ひどく不思議に思う。そんなもの見た記憶がないのに、夢で曇りない精緻な像を結ぶ。) Read more »

『スティング』

先週の木曜の夜、何気なくBSにチャンネルを回したら、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォード共演の映画『スティング』がやっていた。『スティング』を観る予定は立てていなかったし、そもそもそれが放映されること自体知らなかった。けれど観始めたら、何かと興味深い部分があって、ついつい最後まで観てしまった。興味深かった点は主に4点あった。映画の中における俳優の演技、その演技に深く関わるが「詐欺」をテーマにしたそのストーリー、そしてこの映画が製作された1970年という時代状況。あと、もうひとつは役者たちのファッションだ。ところで、おそろく私はこの映画を初めて観たはずだ。「はずだ」というのはその記憶が定かでないからで、もしかしたら既に観ていたかもしれないが、観た記憶がなくなっているので、当初観たとすれば、そのときはあまり集中して観ていなかった、ということになるだろう。だったらそれは、過去に観ていないということにしていいはずだが、そうも言えないのは、それなりに理由があるからだ。その理由とは、この『スティング』がロードショーされた頃(1970年代前半)、私は大の映画ファンだった。当時、私は小学生で、お小遣いで毎月、映画月刊誌『ロードショー』を購入していた。それを読むのが毎月楽しみだった。いや高学年の小学生だったのだから、読んだというよりも見たといった方が正しいかもしれない、読めない漢字があったはずだし。ルビがついていたのか、どうだったか、忘れてしまった。ともかく、それを何度も繰り返し見た。それはまさに、一人の子供によって使い込まれた玩具、いや道具のようなものだった。もちろん雑誌の『ロードショー』を買っていたからといって、小学生の身分で映画館に一人で足を運んだなどということはない。だいいち入れないでしょ、親同伴でないと。『ロードショー』は、私にとって決してリアルタイムでは観ることのできない新作映画の断片がいっぱい詰まったファンタジー(想像)の星雲のようなものだった。もちろん『スティング』のことは、この雑誌で知っていたし、そこで見たという記憶が残っている。あのニューマンがレッドフォードと肩を組んでいるポスターも。 Read more »

あれこれ

美術家の北川裕二(Y.K)です。いやはや、生活の細々したあれこれに追われて建築家のM.Tと私のふたりではじめたプロジェクト「Pace Continua」も、このブログでさえ開始してわずか数日で滞ってしまった。全くもって不甲斐ないというほかにない。だが、それも仕方がない。われわれもまずもって生活者の端くれだから。少なくと私は基本的に不安定雇用の身であるので、そこにある仕事を断ることができないし、したくはない。その結果、このプロジェクトはおろか、自身のブロクも、作品制作でさえ、しばらくままならなかった。いや、「われわれ」とひとっからげにして、彼と私を一緒くたにするのはよくない。M.Tに申し訳ない。少なくともM.Tは、コンスタントにPaceのブログをアップしていた。しようとしていた。だのに、私は仕事や日常に追われて、などというつまらん理由を言って、こうしていいわけしている。まったく情けない。これじゃあ、M.Tもプロジェクトから遠ざかるのも当然だ。けれど、仕事に追われたなどとほざいているけれど、むろん財を蓄えたなどということはない。いや、ほんとの理由はそうじゃない。書こうと思えば、書けたのだ。逃げていた?、多分。追われていたのだ。そして今もそうだ。だが、そもそも何に追われているというのか。生活に? じゃあ、その生活の実相とは何だ。私を追い立てているものは、何だ? 私は逃げているつもりでいるのに、この言いようのない暗澹とした閉塞感はなんなのだ。これが「時代閉塞の状況」というやつか。そうかもしれない。そのことについては日を改めて考えてみたい。ひょっとして、これは軽い不安神経症なのか。軽い鬱なのか。神経症のことはよくわからない。が、精神分析のことは、かつてフロイトやラカンや、あるいはそれらの入門書は、ずいぶん前に、けっこうそれなりに読んだはずだが、今こうしてなんとも落ち着かないのだから、読んだ意味が十分に内面化されなかったということになるのか。おそろくそうなのだろう。世の中も変わるが、私もかわる。しかし狂った生活習慣だけは狂いがない。妙なものだ。よくないな、この悪循環は。この円環、すなわち淀んだスパイラル状の動き、この間違った流れによって薄汚い物質がいっぱい滞留してしまっていたようだ。部屋のあちこちや、脳や心や身体に。世界と私を交換させる物質循環の仕組みを新たにデザインして組み換えてやらねばならない。老廃物でつまって捌け口を失ったエネルギーを正しく変換して、エントロピーの増大を減らす必要があるのだろう。むろんエントロピーは増大するさ。正しく廃物、廃熱する必要があるということだ。そんな思いに駆られていた。そもそもそんなわけで始めたはずのこのプロジェクト、休んでばかりもいられない。ようやく動かす気になってきた。というようりも無理にでも動かすぞ。とはいえ、何をすればよいのか。駆け出しの建築家と美術家の端くれがつるんだところで、いったい何ができるというのか。建築も美術も、もうすべてがやり尽くされた。付け足すものは何もない。終わりなき弁証法のように、次から次へと新たなテーゼ(作品)が発明・創造されたのは、いつのことだったか。まったく懐かしい限り。私に身近な過去、そう80年代のそれ、90年代のそれ、そして2000年以後、これまでの世界はどうだったか。空虚な記号(キャラ)の循環があるばかりだったじゃないか。もう、うんざりだと言いたくなる。そんなものにいつまでもしがみついてかまけている暇はないぞ。では、どうする。そして、この先、世界、とでっかくでなくても、暮らしは、営みは、文化・芸術はどんなであるべきなのか。それを、ここで考えてみようじゃないか、まずは。ある文化、文明の黄昏、斜陽の時代、枯れ枝の季節に。