1990年代には構造改革を求めるアメリカの圧力や、バブル崩壊後の経済財政再建を目指す歴代政権の意志などを背景として、自由主義改革の波が押し寄せた。この自由主義改革の気運は、電気事業を所轄する通産省から見てコントロールできない外圧であり、それを拒否すると言う選択肢はなかった。そのため通産省は、今までの濃密な業界指導・支援政策を流動化させる兆しを見せ、電力自由化政策を推進していく方針を掲げた。
しかしそれは電力消費の頭打ちに直面していた電力業界に多大な不安を与えた。最大の懸念の一つのなったのが、原子力発電の高い経営リスクであり、その低減のために原子力発電事業のリストラを進めようとする動きが始まった。具体的なリストラの対象となりうる事業は、以下のようなものであった。(1)商業発電用原子炉の新増設の中止または凍結:既設の原子炉の燃料費は、火力発電よりもはるかに安価なので、巨額の初期投資をして建設した以上は、出来るだけ長期間運転を続けたほうが有利であるが、新増設の経営リスクはきわめて高い。既設原子炉のリプレース時に、原子力発電から火力発電への転換を行うことが合理的である。また計画中・建設準備中の原子炉の建設中止・凍結を進めることも合理的である。とくに長期間にわたり地元の反対により膠着状態にある計画については白紙撤回が妥当である。
(2)核燃料再処理工場の建設中止または凍結:核燃料サイクルのバックエンド(使用済み核燃料の貯蔵保管や廃棄物処理等)を整備することは、いかなる路線を選ぶにせよ、避けて通れない課題であるが、再処理路線を放棄すれば、電力業界は再処理工場の莫大な建設費・運転費を支払わずにすみ、バックエンドを大きく減額することが出来る。さらに再処理事業の不振に伴う巨額の追加コストの発生リスクを逃れることが出来る。
(3)国策協力ですすめてきた諸事業の中止または凍結:新型転換炉、ウラン濃縮、高速増殖炉などの開発プロジェクトはもともと、科学技術庁系統の開発プロジェクトへの国策協力として進めてきたものであり、電力業界にとっては交際費に相当する。財務上の余裕がなくなれば切り詰めるべき性質のコストである(これらのうち新型転換炉開発は実際に、電力業界の撤退表明により、1995年に中止された)。
吉岡斉著『新版 原子力の社会史』p39
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