Category Archives: Architecture - Page 4

渡-国際応急建築設計展 (Crossing: Dialogues for Emergency Architecture)

Crossing: Dialogues for Emergency Architecture元同僚で友人の建築家・松原弘典さんより、案内いただいたので、紹介しておきます。上記リンク先の公式サイトにあるとおり、中国北京の国立の美術館「中国美術館」で「渡-国際応急建築設計展(Crossing: Dialogues for Emergency Architecture)」が開催されるそうです。世界中から17組の建築家グループが招聘され、彼らが世界各地で災害後に建てられた応急建築について紹介するもので、展示会場には原寸大の応急建築の模型も展示されるとのこと。松原さんも、慶應義塾大学の松原弘典研究室と坂茂研究室の共同の名前で華林小学の仮設紙管校舎と家具の展示を行うそうです。 Read more »

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おもしろい建物の写真を見つけました。97671.jpggoogle mapには黒海沿岸、オデッサの北東にポイントされている。飼料か肥料を蓄えておいて、使いたいときに、蛇口のように投下口をあけて、下に降ろしすための施設だろうか。かなり大胆なキャンチレバーで宙に浮いているようにみえる。しかし、その大胆な構造にたいして、素朴は屋根が、アンバランス。それがまた面白い。

この人も

この人も、原広司とおんなじことを言っている。もし今、まさにルネサンスが巡り着ているとすれば、こんなにラッキーなことはない。新しい時代がどのように訪れるのか、体験できるかもしれない。場合によっては、何らかの形で関わるチャンスだってある。

今はね、100年に一度どころか500年に一度の転換期。どこへ向かえばいいのかというビジョンを、自覚することがとても大事な時代だと思います。その中で音楽は社会にとっての薬であり、鏡でもあり、予言でもあります。(坂本龍一/Tower Recordsの広告より)

「現代に巡りきたルネサンス」

原広司「現代に巡りきたルネサンス」(『CASBELLA JAPAN』774)最近、建築雑誌で掲載されている話題には、ほとんど興味を持てなくなっていたのだが、面白い記事があったので、紹介しておきます。自分とかなり近い問題意識を語ってくれていました。やはり、学生時代と自分の中で興味をもてる建築家はあまり変わっていないな、と実感。たとえば、以下のような話。

ルネサンスという変革期にならって言えば、現代を説明するには、どういう登場人物やドラマツルギーが考えられるかという問題があるのではないかと思います。20世紀では、民族的な運動や独立革命などは、かなり成功していますよね。それに対して、社会主義の運動はことごとく失敗している。これは社会主義特有のドラマツルギーというか、登場人物の出し方が悪かったんじゃないかと思う。筋の書き方ですね。そこには、先ほど話した同立てがひとつにある。建築家ということも会って、僕は道具論に固執するのですが、道具を持たない革命なんてありえないと思っています。みんなが決議して革命をやろうとしても、道具なしに出来るはずがない。最初から無理じゃないかと僕は思っています。革命思想や進歩思想にはむかうつもりは全然ないし、逆に賛同するところも多いのだけれども、あまりにも無茶苦茶な事をやろうとしたような気がする。つまり、資本主義の中で育ってきた道具は社会主義でも使えるだろうという発想は全然駄目だと思うんですよ。社会主義体制なら、その体制の中で育った固有の道具を使わないことには、うまくいくはずがないと、僕はずっと思っていたわけです。

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不動産投資のための建築物

最近、デベロッパーの仕事をさせてもらっている。これまでは個人の建築主や住宅メーカーの商品開発をやってきたので、不動産の仕事は初めての経験なのだが、これがかなり勉強になっている。これまで、町になんでこんなつまらない建物が多いか、ほとんど理解できていなかったかもしれない。それらを設計した者の能力がないか、金儲けのために手を抜いている、位にしか考えていなかった。しかし、いざ自分が不動産の仕事に関わって見て、その理由がやっと理解できるようになってきた。設計者個人の能力ややる気、気持ちの問題ではなく、構造的な仕組みがそんな建物を作り出している。 Read more »

フランク・ゲーリーのアトランティック・ヤード再開発が中止に

Atlantic Yards projectAtlantic Yards project in Brooklyn is dead, says its architect Frank Gehry  フランク・ゲーリーのアメリカでのプロジェクトが中止になったそうだ。記事には、以下のように書かれているので、正確には、ゲーリーをはずしてプロジェクトを進める、ということなのだが。

Mayor Bloomberg this week suggested the project may still get built – but on a smaller scale and without Gehry.

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出版不況と「建築」

Before- & Afterimages:出版不況出版状況クロニクル田中純氏のブログに出版不況について書かれている。出版社に勤める知人から、出版社の経営が下降気味である、と聞いたことがあったが、こういう形で、再び同じ話題を聞くと、いよいよこの話題に注目が集まり始めているのかな、という気がしてくる。以前、建築と建築雑誌との関係について書いたが、芸術としての「建築」にとって、建築雑誌はとても重要な役割がある。建築物は地面に固定されるため、実物の建築を情報として流通させることはできない。芸術としての「建築」が情報として流通し多くの人々に伝達されるためには、書籍や雑誌などのメディアを経由する必要がある。それゆえに、芸術としての「建築」は、実物の建築よりも、むしろ書籍や雑誌のメディアの性質に大きく規定されることになる。 Read more »

中国国営テレビ付属ビルが全焼

中国国営テレビ付属ビルが全焼レム・コールハースが設計した中国国営テレビ付属ビルが全焼したようだ。コールハースの建築が、火災によって、まさにコールハースのコンセプトである「ジャンクスペース」そのものになってしまった。火災によってどの程度建築物が損傷を受けているのか。その程度によって、この「ジャンク」の再利用の範囲も決まるのだろう。この建物は、模型写真やCGでは見たことはあったのだが、ここまで工事が進んでいたことはこの火災のニュースで始めて知った。しかし、足場も外れて、いよいよ完成という時に、このような大規模な火災に見舞われるとは、運が悪いとしかいいようがない。写真は、「ケンプラッツ」より転載。102.jpg Read more »

野武士世代の退官

鈴木博之さんが今年度で東京大学の教授を退官される。また、芸大では、六角鬼丈さんも。鈴木博之さんは、1945年生まれの建築史家。六角鬼丈さんは、1941年年生まれの建築家である。同じく1941年生まれの安藤忠雄は、すでに2003年に東大の教授を退官されている。また、石山(修武)さんは1944年生まれ、藤森照信は1946年生まれだから、あと数年後には退官になる。 Read more »

G-Project(sketch)

G-project-stketch1ある木造住宅のためのスケッチ。前作で試みたテーマの展開。いくつかに折り曲げられた形状を屋根に用いることで、伝統的な家型だけでなく、近似する複数のイメージを連想させるデザイン。

浅草文化観光センターコンペティション当選案

隈研吾建築都市設計事務所案 「浅草文化観光センターコンペティション」先日のエントリーで、こちらからの提案を公開した「浅草文化観光センターコンペティション」。当選したのは、隈研吾建築都市設計事務所案でした。ウェブでは、上のような外観イメージが公開されている。 Read more »

派遣村用緊急非難テント案(スケッチ)

テントスケッチ1ニュースで、派遣切りにあった人たちのために日比谷公園に開村された派遣村について、知った。村といっても、映像ではキャンプ用のテントを張って寝泊りしているようだった。そこで、建築家としてなにかいいアイデアを提案できないかと思って、スケッチを描いてみた。スタイロフォームを基礎にして、合板を床材として貼り、農業用資材で、屋根を覆う。公園を占拠して村を設営する場合、通常の野外キャンプとは違い、トラックによる輸送もできるし、ある程度の期間滞在することになるのだから、多少材料が重く、設営に時間がかかったとしても、居住性を重視すべきかと考えた。部材やジョイントの強度や出入り口などのディテール、建設プロセスなど、問題点が多いものの、ここから検討を進めれば、ローコストでそこそこ居住性の高いテントが出来るのではないかと思う。 Read more »

浅草文化観光センターコンペティション応募案

先日、開催された浅草文化センターコンペティションへの応募案。浅草で行われているお祭りを、建築を利用して作り直そうとした。浅草文化センター Read more »

「現代日本の建築」2

当たり前のことですが、建築は地面に固定される。実物を見るためには、その土地に足を運ばなくてはならない。とても手間がかかる。インターネットでクリックすれば、簡単に手に入れることの出来る情報とは、真逆の不便な情報だ。なので、建築に関する情報は、実物の建築物ではなく、写真や図面によって伝達される機会が多くなり、建築関する情報の流通にとって、書籍や雑誌は、重要な存在になる。また、本は、建築に権威を与える。美術品であれば、美術館に展示されることによって、権威が与えられるが、建築は美術館に展示できない。町には、無数の建築物が建っているが、その無数の普通の「建築物」と、芸術としての「建築」とを、本は区分けする働きがある。つまり、建築物は、本に掲載されたとき、芸術としての「建築」として認識されるようになる。例えば、大学の建築学科の教授や講師の募集条件をみると、手掛けた作品が建築雑誌に掲載されることが必要とされていることが多い。実は、大学などのアカデミックな世界ですら、建築ジャーナリズムの情報を基礎に作られている部分がある。そんな芸術としての「建築」を作り出す制度を利用して、お金儲けをしようとしたのが、この「現代日本の建築」なのだろう。一作品の掲載で、15万円の出品料が手に入るとすれば、100作品分で、1500万円もの売上げを出すことができる。一冊15,750円もするこの本が、どの程度売れるのか。それほど多くの発行部数はないと思えるのだが、この本に高い出品料も、自分の作品を芸術に仕立て上げるためには、十分支払う価値がある、と多くの建築家が考えているのだろう。しかし、芸術としての「建築」が、こんな詐欺まがいの仕組みで作り出されていいはずがない。そのうちに、こんな制度のうえに作られている芸術としての「建築」にも、”恐慌”が来るのではないだろうか。

「現代日本の建築」

”現代日本の建築”の正体。。。。先日、出品申込書がうちの事務所に届いたのだが、出品料はなんと157,500円!!建築メディアには、編集者によってセレクトされた良質な建築が掲載されていると考えている人が多いと思うのですが、今は建築メディアのページも金で買える時代になったようである。現代日本の建築 Read more »

メディアの間

先週の水曜日、建築家の坂本一成の展覧会「日常の詩学」と伴って企画されたシンポジウムに行ってきました。この展覧会は、以下のリンク先のサイトで紹介されています。坂本一成 建築展『日常の詩学』坂本一成は、緻密な建築理論家で言葉を大切にする建築家だと言われていますが、この講演会で、自身の設計プロセスにおける言葉の大切 さを示す例として、以下のようなコメントがありました。僕の記憶によりますので、正確な発言とはすこし違うかもしれませんが、およその意味としては間違っていないと思います。「自分はスケッチを描かない。設計しようとする建築のコンセプトを言葉だけで表現して、担当者に伝えます。それでも、自分が表現し たい建築がキチンと完成します。それくらい建築にとって言葉は大切なものです。」通常、建築家はスケッチや設計図を元にコミュニケーションしていくことが多く、言葉だけでコミュニケーションする建築家は、珍しいのではないかと思います。言葉から建築物へと一般的ではない経路でメディアが転写される場合、一般的な建築家のようにスケッチや設計図といったメディアから建築物へと転写される時とは、違いがあるはずだと思う。それにも関わらず、坂本一成がいう言葉と建築物との間にずれがないとは、どういうことなのだろうか? Read more »

夢と家

Y.K.が頻繁に更新し始めたので、僕も負けないように書きたいと思います。。。。。Y.Kが夢や記憶について書いていますが、夢は建築や家の建設に関わる僕にとっても興味あることの一つです。いうまでもなく、家を設計する段階では、住み手は将来の自分の生活やありえる危険(台風や地震、泥棒や殺人)などの未来を想像して、家を作ります。しかし、実際に完成した家が、設計段階で思い描いた夢の通り使われるかどうかは別の問題です。想像はあくまで想像であり、想像と現実とが必ずしも一致するとは限りません。例えば、自分自身が設計したプロジェクトでも、お客さんが頻繁に泊まるはずだから、という想像に基づいて、もっとも日当たりがよく、庭が見える場所に作ったはず和室に、荷物が詰め込まれ、倉庫のようになってしまったことがあります。初めから倉庫として使うと分かっていれば、和室を作ってしまった場所には、もっと日当たりがよく、庭に面した大きな窓のあるリビングを作ることが出来たかもしれませんが、一度作ってしまったら、簡単に直すことはできません。あくまで想像に基づいてつくるしかないのが、家なのです。 Read more »

マンション設備に影響を与える事件

話題としては、すこし古くなってしまったのかもしれませんが、最近のニュースと絡めて建築について書きたいと思います。 より高水準のマンションセキュリティ-ゲート式エントランスを実用化-(三井住友建設) 東京・江東の女性不明:星島容疑者「刃物で殺した」 血痕のDNA一致マンションのエントランス部分のオートロックなどは、マンション設備としてすでに常識になっていますが、三井住友建設ではさらに厳重なセキュリティシステムを開発していたようです。これまでのオートロックですと、居住者がロックを解除して扉を開けたときに、鍵を持たない外来者も一緒にマンションの中に入ることが出来てしまいました。この三井住友建設の「セキュリティーゲート式エントランス」では居住者用のエントランスと外来者用のエントランスを別けることで、その点を改善しています。ただ、先月江東区で起こった殺人事件のように、被害者と同じマンションの住民が加害者の場合、いくらマンションのエントランスで厳重なセキュリティシステムを施しても、事件を防ぐことはできません。安全性は、人が家に求める基本的な要望の一つです。そのため、オートロック付きのマンションに人気があるのだし、三井住友建設の「セキュリティーゲート式エントランス」も、オートロックによるセキュリティをより精密にすれば、その要望に応えることできるだろう、という意図の元に開発されたわけです。しかし、今回のような殺人事件が起こってしまったことで、いくらマンションのエントランスに厳密なセキュリティを施しても、人々の不安を取り除くことができなくなってしまいました。ですので、この殺人事件は、オートロックによるセキュリティに対して、すくなからず影響を及ぼすことになるはずです。